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 これからもずっと

2012-08-04

今日は松田直樹選手が亡くなってから、ちょうど1年になります。

2011年8月2日の午前中に、松本山雅の練習場で練習中に倒れました。意識を失って倒れたという第一報を、私は一緒にいた姉が見ていた携帯のニュース速報で知りました。

「松田っていう選手が倒れたらしいよ」姉も私もこの時点では、マツのことだとは微塵も思っていなかったんです。「下の名前は?」と訊くと「直樹」と予想もしない名前が返って来ました。

一瞬、頭の中が真っ白になり息を飲みました。

「えっそれってマリノスにいたマツのこと?」

大好きな城彰二選手が引退してから、応援していたマリノスやJリーグから日本代表へと興味が移っていた私。恥ずかしながら、この時までマツが山雅へ移籍したことも知らず、てっきりまだマリノスにいると思っていたので、マツかも知れないと思いつつも、きっと同性同名の人なんだと半ば祈るような気持ちでした。

けれど情報が入るに連れてマリノスにいたマツのことだとわかり、倒れたことが何かの間違いであって欲しいと、続報を待ちました。

マツが倒れたのは本当のことらしい、まさか久しぶりにこんなことでマツの名前を聞くことになるなんて・・・とにかく無事であって欲しい。ショックで悲しくて泣きそうだったけど、必死に泣かないように涙を堪えた。だって病院で必死にマツが頑張っていたから。
夜になって城くんや俊輔、マリノスや山雅や日本代表で共に戦った仲間たちが続々とお見舞いに訪れ、マツを励ましていた。

一夜明けても意識は戻らないままだった。なかなか病状も一進一退で安定せず、もどかしかった。そのまままた夜明けを迎え、意識が戻る報道を待ち続けたけど、ついに意識は戻らず8/4午前中に亡くなった。

信じられなかった、マツが亡くなったなんて、マリノス時代に何度も競技場で、テレビで、代表の試合で観ていたのに、そんなバカなことがある?頭を殴られたようなショックだった。
こんなこと起こっていいはずがない、移籍をしてこれからじゃなかったの?山雅をJ2に上げるんじゃなかったの?悲しくて悔しくて、それから毎日、ずっと涙が止まらなかった。

お葬式は松本だったので行けず、なかなか区切りも付けられず、報道を見ては泣き試合での姿や笑顔を思い出しては泣く。いくら泣いたってマツは戻ってこないと、頭ではわかっていても、気持ちがついていかなかった。
でもこんなことではいけないと、マリノスタウン(練習場)に姉と献花をしに行くことにしました。

マリノスタウンには大勢のサポーターが献花しに集まっていました。すぐには献花する気持ちになれなかったので、誰もいないスタンド席に座り、黙って練習場を暫く眺めていました。だれもいないピッチをぼんやりと眺めてると、潮風が吹いて来て、ああマツはいつもこの風の中で仲間たちとひたすらボールを追いかけていたんだなって、そう思うとマツのいろんな姿が浮かんで寂しくなってしまった。

ただただ「今までありがとう」と白いバラを献花した。夜になっても献花の列は途切れず、改めて彼の偉大さを感じた。

献花した時にこれを機にもう泣くのはよそうと決めた。暫くはやっぱり泣いてしまうこともあったけど、献花が一つの区切りとなり、少しづつだけどマツの楽しい思い出も思い出せるようになっていった。本当はマツがいなくなったことを受け入れるような気がして、直前まで献花をしようか迷っていた。でもマツにちゃんとお別れを言うことが出来て少し落ち着いたから、行って良かったと思う。

あれからもう1年、この1年はとても早く感じた。今日のJ1マリノスVSベガルタの試合で引き分けたけど俊輔がゴールを決めて喪章を空に掲げたと聞いて凄く嬉しかった。マツ見ていてくれたよね?もしかしたら一緒のピッチにいたのかも知れない。

俊輔や城くんや共に戦った仲間たち、そしてもちろん私たちもマツのことは絶対に忘れない。マツは私たちと共に生き続ける、これからもずっと。
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 安らかに。

2011-08-21

8/8の日にマリノスタウン(練習場)にマツの献花に行って来ました。本当は献花をしたらマツがいなくなったことを認めるような気がして、とてもそんなふうには思えなかったから、どうしようかと思っていたんだけど、行かなかったら後々後悔する気がして行くことにしました。あとはこれをきっかけにして、受け入れらればという気持ちもありました。

最寄駅の新高島駅に着いて、この駅の反対側にキャッツシアターがあるから前に一度来たことがあるんだけど、こんな悲しい気持ちでまたこの駅に来るなんてその時は思わなかった。

着いてすぐ、献花台が目に入り、すぐにはそんな気分にならなかったから、スタンドの方に行くとマツの写真が飾られていた。退場したGKの代わりに急遽キーパーを務めた時の写真もあった。数枚の写真ではとても飾りきれない16年の重み…。そのままスタンドへ。

階段を上がると目の前に広がる青々としたピッチ。一緒に行った姉と、何も言わずベンチに座り込んで暫くピッチを眺めていた。

この日はオフの日でトップの選手はいなくて、奥のピッチでは小学生の子たちが練習してた。この練習場は城選手が移籍したあとにできたから来るのは初めて。だれもいないピッチをぼんやりと眺めてると、潮風が吹いて来て、ああマツはいつもこの風の中で仲間たちとひたすらボールを追いかけていたんだなって感じた。そう思うとマツのいろんな姿が浮かんで寂しくなってしまった。

陽が暮れ始めたので、献花へ。お花は真っ白なバラ。

献花台は最初置かれていたひっそりとしたコンコースから道路に面して目立つ場所に移動されていた。献花台にはたくさんの花束と、「3」の背番号のユニフォーム、そしてマツの写真が掲げられていた。お花を捧げて手を合わせていると、ただただ「ありがとう」とその言葉しか浮かんで来なかった。そして最後にもうマツのことで泣くのは今日が最後にすると約束した。
その約束は簡単に破ってしまったけど、涙の代わりに少しずつ楽しい思い出も思い出すようになってきた。献花したことで少しけじめをつけられたのかも知れない。

お葬式やセレモニーって亡くなった人の為もあるけど、それ以上に生きている人の為のものなんだと思う。お別れ、区切り、けじめ。お葬式に行けなくて、悲しいけどせめてちゃんとお別れがしたい気持ちがずっと残っていて苦しかった。

テレビでお葬式の中継を見ていても、若くて亡くなりかわいそうとそのことばかり。違うんだよ、34歳の若さで亡くなったのが悲しいのではなくて、松田直樹という人を亡くしたことが悲しいんだよ!

そのことを伝えたかった。だからやっぱり行けて良かった。少し気持ちが落ち着いた。

私にとってはこれからも永遠にマリノスの3番です。ありがとう、そしてどうか安らかに。

matu



 松田直樹、ありがとう。

2011-08-06

まだマツがいなくなったこと、信じられないよ。8/2に倒れたと聞いた時も、あの、人一倍負けず嫌いなマツなら、絶対に大丈夫だと信じていた。
だから4日の日もテレビは点けていなかった。ニュース速報は流れるはずがないと思っていたから。流れたとしても意識が回復したという良いニュースだと思っていたし、だからツイッターで亡くなったと聞いた時もデマに違いないと思った。きっと心のどこかでそうなるのを恐れていたのだと思う。

でも本当なんだよね。

私がサッカーファンになったのは、1997年の日本がワールドカップ初出場を決めた、1998フランスワールドカップアジア最終予選ジョホールバルでのイラン戦で城彰二の同点弾に感動したのがきっかけで、そのまま城のいる横浜マリノスも応援するようになった。
横浜国際競技場(日産スタジアム)にも観に行って、城が引退する2006年までマリノスを応援した(城は途中で横浜FCに移籍しちゃったけど)。今はチームよりも代表を応援するようになったけど、私のサッカーファンとしての歩みはマリノスと共にあった。

97年の時点で既にマツはレギュラーで大活躍してたよね。頼りになるDF、でも気性が荒くて相手選手や審判によく突っかかってた。時には味方の選手にも突っかかることもあった。ハートが熱い分、正直困ったこともあったのも事実。
DFなのに監督の指示も無視して、よくFWの位置までオーバーラップしてハラハラさせられたよ。ピンチになると「早く(定位置に)戻って~!」って言ってたっけ。まあ大概サポーターの言うことは聞かなかったけど、今回もサポーターの願いは聞いてくれなかったね。

マツ、どうしてそんなに急いじゃったの?もっとサッカーやりたかったんでしょ?山雅をJ2に上げるんでしょ?こんなことになるのなら、せめてマリノスで現役を終わらせてあげたかった。私にとってはいつまでもマリノスの3番だよ!

無念だよね…。それを思うと申し訳ないけど、天国で幸せになんて冥福を祈る気持ちになんてなれないよ。ごめんね。でもやっぱりまだ受け入れられないし、信じられないよ。

それでも最期は笑顔だったと聞いて、少しホッとした。共に戦ったマリノスや山雅や代表の仲間たち、皆に逢うために最期の力を振り絞って頑張ってくれたんだよね。試合終了の笛が鳴るまで絶対に諦めなかったマツらしいよ。

今はまだ信じたくないけど、これだけは伝えたい。

マツ今まで本当にありがとう。

tag : 横浜Fマリノス 松本山雅 松田直樹

 未来への希望

2010-06-30

日本代表がパラグアイにPK戦で負けてしまいました。

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 悔しさを糧に

2010-06-20

いや~


日本、ごめん!ホントにごめん

5点くらい取られて、けちょんけちょんにやられたらどうしよう・・・なんて心配して、申し訳ない!

負けたけれど、久しぶりにおもしろい試合だった。オランダとは1点以上の力の差があった。けれどあの優勝候補のオランダ相手にここまで食らいついていくとは思わなかった。今日は、日本の気合いと底力を見せてもらったよ。選手たちも手応えを感じたんじゃないかな。

何とか同点に追いつけるかもと何度も思わせてくれたからこそ、負けたことが心の底から悔しい!

ワールドカップ前の親善試合を観た後で、オランダには負けてもしょうがない、引き分けに持ち込むのも絶対無理、そう思っていた自分が恥ずかしい。今の日本は、あの時と同じチームとは思えない。

この後のデンマーク対カメルーン戦は、カメルーンが勝利すれば、断然日本に有利になる。決勝トーナメント進出の望みはまだまだ十分にある。この悔しさを糧にして、後はデンマークを倒すのみ。信じればそれが力になる。もう一度、日本を信じたい。

twitterやってます。takamaro_kenkenをフォローしましょう

 やったよ、日本やったよ!

2010-06-15

日本、勝ったよ。嬉しい(涙)。期待してなくてゴメンよ。次のオランダ戦、勝つのは凄く難しいけど(FIFAランクオランダ4位、日本45位)、せめて引き分けに持ち込めたらいいな。

私、97年以来、サッカーファンでして、中でも元横浜FCの城彰二選手の大ファンでして城さんが現役の頃は、よくスタジアムに観に行きました。
城さんが引退した後は、特に贔屓のチームは持たず、代表を応援しています。

なので6月は、日本代表はもちろん、強豪チームの試合を見るので忙しくて・・・。
因みに渋谷で騒いでる人たちはサッカーファンではありません。だからあれを見て、サッカーファンってマナーがなっていなくて最悪・・・なんて思わないでくださいね。
まともなサッカーファンは、スポーツバーやパブリックビューイングやお茶の間で、礼儀正しく観ていますから、街中で騒いで迷惑をかけている人たちは、サッカーにかこつけてただ騒ぎたいだけなんです。
ああいうのは迷惑だけど、もっともっと日本代表を応援しましょう。

twitterで観劇した舞台、坂元健児さんやサッカーについてつぶやいています。takamaro_kenkenをフォローしましょう

 ラストゲーム

2006-12-02

あと1時間程で、城の現役最後の試合が幕を開ける。観に行く予定が、諸事情で行けなくなっちゃったけど、三ツ沢に魂は置いて来たので。

城の宣言したとおり、最終戦を待たずに、J2優勝とJ1昇格を決めてくれた。本当におめでとう!というか、ありがとう。今年1年、本当にハラハラドキドキしたけど、こんなに応援しがいのあるシーズンは久しぶりだったよ。
ここ数年は、結構、苦しかった。神戸での残留争い、J2への移籍。横浜FCに移籍が決まった時、正直「日本代表までやった城彰二が、何でJ2なんかでやらなきゃいけないの?」って思った。しかも横浜FCに来て、しばらくは、全然勝てなくて、12チーム中11位の年もあって、本当にヤキモキした。

そんな私の想いとは逆に、城は、どのチームにいても、ただひたむきに城彰二のサッカーを貫いて来たよね。代表も海外もJ1もJ2も関係ない、いつも1つの目標を目指して戦ってた。
ワールドカップ出場とか、J1昇格とか、いつも目標の為には、自分のゴールよりも、チームの勝利を優先してきた人だった。たとえ得点王争いをしている時でも、それは変わらなかった。そのことが、ゴールに対して消極的だとか、逃げているとか言われたこともあったけど、最後までその姿勢は変えなかった。

でも今日だけは、自分のために、サッカーをして欲しい。私も、三ツ沢を満員にしたサポーターたちも、みんなが城彰二のゴールを待ってるよ!

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 城選手、引退表明

2006-11-24

長文です。

今日、J2横浜FCの城彰二選手が、今季限りでの引退を発表しました。夕方のニュースで知りました。
今季横浜FCは、J1昇格争いをしています。今日行われた試合は引き分けてしまいましたが、まだ首位をキープしています。昨日も「あと残り3試合、全部勝って、絶対J1に上がって欲しい。昇格争いも、優勝争いもきっと最後まで、もつれ込むだろうから最終戦は久しぶりにスタジアムに観に行こうかな」と姉と話していたところだったんです。いつかは引退する日が来るのかなと考えたこともありましたが、それはもっと先のことで、当然来年はJ1で活躍するものと思っていたので、言葉が出ませんでした・・・。

プロフィールにも書きましたが、観劇以外の趣味がサッカー観戦で、中でも城選手の大ファンなんです。私とサッカーの出会いは、城選手との出会いでもあります。今でも強烈な印象で忘れられない試合があります。
今から約9年前の1997年11月16日、マレーシアのジョホールバルで、フランスワールドカップアジア最終予選、日本vsイラン戦が行われました。この試合に負けたらほぼ、ワールドカップ出場は絶望的でした。
それまで、大してサッカーに興味もなく、なんとなく観ていた姉と私でしたが、兄の「今日の試合は見ろ!」という言葉と、テレビから伝わってくる、選手たちとスタジアムの緊迫した雰囲気を感じ、何だか良くわからないまま、テレビ中継を観始めました。
前半に中山のゴールで日本が先制したものの、後半立て続けにイランに2点を決められて逆転され、監督はカズ、中山を、城、呂比須を交代させました。そしてついに75分、城のヘディングで同点に追いつき、そのまま決着つかず延長戦へ突入。
城選手は、途中、相手選手と接触して脳震とうを起こしても、フラフラになりながらも、何度も立ち上がりゴールに向かって行きました。その間も何回もピンチになり、「もうダメかも・・・」と思いましたが、だだゴールだけを目指す城選手のプレーに勇気付けられ、夜中というのにテレビの前で立ち上がって一生懸命に応援しました。
そして終了1分前の延長後半14分、岡野のVゴールでついにワールドカップ出場を決めました!本当に嬉しすぎてわけが分からなかったけど、3人で大喜びしました。ちょっと感動で涙ぐんでしまったほど劇的な試合で、試合前はサッカーに興味がなかった私が、試合後は完璧にサッカーファンになっていました。そしてこの試合で、同点ゴールを決めた城選手の大ファンになりました。

それからは、スタジアムに観に行ったり(もちろん「JO9」と書かれたユニフォームを着て(笑))、城選手出演のイベントがあれば追っかけたりと、かなり熱狂的に応援してました。まぁ今とやってることは大して変わらないんですけどね。最近は観劇の方に重点を置いていることもあって、スタジアムに行くことは少なくなってしまったけど、テレビ中継を観たり地道に応援してました。

城選手って本当に負けず嫌いなんです。ワールドカップから帰国した日、空港で水をかけられたことがあったんですけど、その後の記者会見で何も言わないんです。私は、水をかけられたことに頭に来てたんだけど、城選手は、その事には大して触れず「ゴールを決めなかった自分が悪い。全敗の責任は自分にある」って言ってたんです。それでその日そのまま、クラブの練習場に行ってシュート練習してたということがありました。負けず嫌いだけど、こういう努力家なところも大好きなんです。

城選手のゴールで印象深いのは、イラン戦の他には、マリノス時代の99年vs浦和戦だったかな?後半残り5分で0-2で負けてて、諦めかけていたところで、城選手が2点決めて同点に追いつき、ロスタイムに城選手のアシストで点が決まり逆転勝ち!たった5分で試合をひっくり返すなんて本当に大興奮した試合だったな~。あとはスペインリーグでの初ゴールと2点目を決めた試合かな。嬉しかったな~。

この9年間を思い返すと、いろいろなことがありました。ワールドカップ惨敗、チームの合併、優勝争い、スペインリーグへの移籍、代表降格、帰国後ゴールを決められず、スランプが続き神戸へ移籍、そしてJ2へ移籍。
チームもジェフから始まり、マリノス(Fマリノス)、スペイン・バリャドリード、Fマリノス、ヴィッセル、横浜FCと6チームに在籍しました。本当に平坦な道ではなかったと思います。けれど、ワールドカップ、マリノスでの優勝争い、スペインリーグ、FCでの昇格争いと、城選手はいつも、どこにいても、どんな状況でも決して弱音を吐かず前だけを見てゴールに向かっていたなと思います。その姿にいつも感動し、勇気付けられました。
そしてこれからの活躍を楽しみにしていました。まだまだ現役を続けられる年齢だし、あのプレーを見られなくなると思うと、やっぱり寂しくて涙が出てくるけど、ただ引退って知った時、寂しいけど「どうして?」とは思わなかったんです。逆に、J1昇格と優勝を決めて、自分の役目を全うして引退するって、すごく城選手らしいなって思った。
こうなったら、絶対に、最終戦でゴールを入れて勝って、J1昇格と優勝を決めて欲しい!12月2日は三ツ沢に行って、城選手のゴールを見届けてきます!

 J2第40節 横浜FCvs水戸

2006-09-16

横浜FCvs水戸 2-1で勝利!
やった~2-1で勝ちました!2連勝。しかもこの2点は、城のゴール!2試合出場停止の後の復帰戦だったけど、しっかりと決めてくれました。いつもこうなら良いのに ただ神戸と柏も勝ったので、順位は変わらず、3位のままです。でも勝ち点差は1点なので、とりあえずはこのまま勝ち点を重ねていって欲しいです。
次節は23日(土)、国立でザスパ草津と対戦。久しぶりに観に行きたいな~。

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坂元健児さん舞台出演情報
「ONE-HEART MUSICAL FESTIVAL 2014夏」

ミュージカルガラコンサート出演

【公演期間】8/16~27(坂元さんは全日程出演) 

シアタークリエ 

【公式サイト】http://www.tohostage.com/festival/
プロフィール

kanoko

Author:kanoko
関東在住の30代。高校生の頃から舞台を観始め観劇歴は20年くらい。

ミュージカルの舞台観劇が趣味で、坂元健児さんが大好きです。
地方公演にも出来るだけ観に行きます。
最近は、劇団四季の、「ライオンキング」現シンバ役の田中彰孝さんもお気に入り、友石多津弥(竜也)さんも応援しています。基本的にシンバ役者が好きです。

好きなミュージカル・お芝居

・特にお気に入りの作品
ミス・サイゴン、風を結んで、AKURO-悪路-、回転木馬(2009年版)、スペリング・ビー、愛と青春の宝塚、冒険者たち(2013年版)

・その他の大好きな作品

ライオンキング、美女と野獣、砂の戦士たち、
タック、OUR HOUSE、空中ブランコ、

・坂元さん出演作以外

マンマ・ミーア、回転木馬(95年東宝版CD・涼風盤)、プロデューサーズ(映画)、星の王子さま・リトルプリンス(音楽座)、Wicked

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